2008年06月18日

「白鳥の湖」伝説 小松正英とバレエの時代

「白鳥の湖」伝説 山川三太著 無明舎


最初は画家を目指してハルビンに渡り、
(といっても目的地はパリだったが)
パリまでたどり着けずに、ハルビンのバレエ学校に入学し、
その後上海に密航同然で行って、「バレエ・リュス」のダンサーになり、
『ペトリューシカ』『バラの精』などを踊ってプリンシパルとして活躍。

そして戦後、日本に引き揚げてきて、
初めての全幕『白鳥の湖』公演を成功させた、
いわば日本バレエ界の始祖ともいえる小牧正英。

その彼の半生をつづったのがこの本です。


とにかく、小牧正英という人物が、面白いし、
とても不思議な魅力のある人だったことが伝わってきます!

ハルビンから上海に行くときは、
乗船券も渡航証明書もなかったので、
でっちあげの言い訳で、強引に船に乗り、
上海についたら5時間の尋問うけ、ようやく解放され
それからバレエ・リュスのあるフランス租界へたどりつくまでも、
まるでスパイさながらのドキドキ状態。

当時の上海は、それはそれはモダンな都市だったそうです。
上海バレエ・リュスでは、ダンサーは基本給プラス公演手当てが毎月支払われ、
ダンサーたちのレベルも高く、
公演のプルミエの翌日には、英、仏、露、独、伊、中、という
各国語の新聞に批評記事が載り、それもとおりいっぺんの紹介記事でなく、
本当にバレエを知らなければ書けない細部にまで目の行き届いた
評ばかりであったそうです。

上海のバレットマンがバレエを見守る目差しは温かくても、
その批評眼はきびしいものがあったようです。

日本に帰ってきて、全幕『白鳥の湖』を成功させたあと、
小牧バレエ団をつくり、谷桃子と結婚、これは2年ぐらいで破局し、
当時の大スキャンダルになって「色魔的バレエ王」などと
呼ばれたそうです。

こちらに簡単な半生が紹介されていますが、
この本のほうが詳しいし、面白いです。


小牧正英氏は、2006年に94歳でお亡くなりになったそうですが、
彼の波乱に富んだ人生は、映画にしたら面白そうです。
主役は、熊川哲也さんがイメージにぴったりなんだけどな…


ぴかぴか(新しい)
posted by haru at 23:35| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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