2007年10月25日

バレエ漫画新刊

槇村さとる「Do Da dancin’ヴェネチア国際編」第2巻
山岸涼子「ヴィリ」が発売になっています。


ドゥダのヴェネチア国際編は、主人公の鯛子が白鳥のオデットに挑戦する話で、
“クラシック”バレエという事について、いろいろ興味深い解釈が登場します。


たとえば、クラシックバレエダンサーとしての
出世街道をドロップアウトした鯛子が、
モスクワ王立バレエプリンシパルの
龍一に質問するシーン。


「クラシックバレエってなんだろう?」



彼の答えは、「役を演じること



「自分の個性を捨てて!?

』ってもんがないってこわくない?」




「だからダメなんだよ、おまえは。

だよ

役がなければ個性もない。
ありのままの自分なんて
楽ちんすぎてみっともない。


くだらなすぎ。
手抜きすぎ。
見せるのは失礼だ。




一見アホみたいな王子であっても、
そのキャラクターを
咀嚼して、
想像して、
洞察して、
自分との違いと、
同じ所をさぐって近づいていく。

その過程で
自分の想像力や
感受性や
性格や
生き方が問われる。



かくれていた自分を知る。



自分でもわからなかった個性が出てくる。




役の中に自分の真実を見つけて、
本物の感情を乗せた時、
時代や人種を越えて、
人を感動させられる。



くだらない自我を捨てた時、
はじめて本物の個性が表面に出てくるんだ。」




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こういうことって、役者さんもそうだとおもいますね〜

役を自分にひきつけるタイプと、
自分が役に近づいていくタイプとありますが、
バレエダンサーも、役に対するアプローチは
同じような過程をたどるのでしょうね。

ただ、クラシックの場合は、役を自分にひきつけるのではなく、
自分から役に近づいていかねばならない、という事を
龍一は言っていますが。
彼はそっちのタイプなんでしょうね。
鯛子は逆に自分にひきつけるタイプで。

まだ単行本化されていませんが、
連載されている方では、
このあと鯛子が、「クラシックは、自分を押し付けないから、
形の中にそっと自分を入れて観客に差し出すから、
見ている人にとっては優しいんだ」
という事に気づきます。

ドゥダは、時々、はっとするような薀蓄が含まれているので
ためになります。

第1部にあった「イメージ筋の強いやつがチャンプだ」というのが
私のお気に入りの言葉です。


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山岸涼子「ヴィリ」は、ダ・ヴィンチでの短期連載でしたが、
どうも、結末が甘すぎて、納得できませんでした。

最初の方には拒食症とか、高校になってから伸び悩むダンサーとか、
バレエ団を存続させる苦労とか、リアルな要素があったのに、
最後はホラー漫画か?と思わせておきながら、
あっけなくハッピーエンド的結末で…

海外のバレエ団に行ったけど、帰ってきてしまったダンサーとか、
上手だけれども、バレエ団のトップがいすわっているから
主役を踊れないダンサーとか、
「あるある…」要素だらけだったのにねえ。

山岸先生は、かえってドラマを作らずにバレエ団の日常を
描いていただけの方が面白かったりしてね。

テレプシコーラの第2部は11月ぐらいから始まるらしいです。
楽しみです






るんるん
















posted by haru at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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